毒親撲滅☆したい
昨日投稿した記事に沿って書こうと思う
母は私が6歳の時に
13歳下の相手と再婚した
当時義父は18くらい。
いわゆる不良っていうやつで
血の気が多く
かなりやんちゃだったらしい
出身ド田舎だからね……
(実父もろくでなし。それは今度書こうと思う)
それでも最初は良かった
でも同居し始めて慣れてきた頃から
少しずつ暴力的な面を見せるようになった
私には2つ離れた妹がいるんだけど
妹は私と違い義父にすぐに懐いた
バカな子!
義父はそんな妹のことをとても気に入っていた
その反面、私は
実の父のトラウマがあって
懐くことはもちろん
新しい父親になるということに
とても不快感を抱いていた
それを表に出してしまったのがいけなかった
だってしょうがないよね
生理的に無理☆
あの人は口も聞かない私に
次第に冷たくなっていって
何か気に入らないことがあると
私の顔面を殴るようになった
そっからエスカレートするのには
時間はかからなかった
あの人は私の髪を掴み
階段を引きずり回して壁に叩きつけたり
腹を蹴ったり
首を絞めたり
階段から蹴って落としたり
土建業をやっていたからか
筋力は人の倍
そんなのに殴られたら一溜りもない
あー私死ぬのかも☆
って思った
10代後半のガキには
自制が効かないお年頃?
今成人して思うことは
あの人はとても子供だったということ
子供に他人の子供が育てられるわけがないのだよ
でも皮肉なことに
私はその暴力という教育に洗脳されていった
それに拍車をかけたのが
母親の言葉
母親は鼻血を垂らし助けを求めて
泣き叫ぶ私を叩いた
アンタが悪い
アンタのせいで私が苦しむ
その一言で絶望を通り越して
私の中には何も無かった
いや、もとからカラッポだったかも🙄
母は私がゴミ扱いされても
どれだけ暴力を受けても助けることはしなかった
自分の幸せを優先したし
義父を尊重した
それからは
抵抗をやめた
殴りたいなら殴ればいい
それですっきりするなら別にいいし
無視されるよりはいい
自分が悪いんだから
このくらいされて当然だ
生きてるだけ幸せだ
お義父さんお母さん
私もっと役に立てるようにがんばるよ
だからもっと殴っていいよ
次第に本気でそう思うようになって
今思うと笑える
少し考えればわかる
ちっとも愛されていない
だけどそんな生活の中で
まともな思考が保てるわけが無い
あ、小学校はちゃんと行ってた
怪我どうしたの?って聞かれたことはあった
だけど私は親に捨てられるのが一番怖かったから
木から落ちたとか遊んでて転んだとか
それで疑う大人は居なかった
まぁほんとは気づいてたのかもしれないけど
そんなこんなで洗脳完了
裏切らない都合のいいロボットの完成~☆
あとは煮るなり焼くなり好き放題
どんな暴力も許されちゃう
怖いね
子供は 虐待 ではなく しつけ だと思い込む
必要な暴力は 仕方がない
そうやって深く刻みつけられた幼少期
さて、この哀れな少女は
どんな大人になるのやら( ´⚰︎` )
Part2に続く